悪夢の一夜を境に、はアレクサーの許にその身を寄せ、暮らし始めた
が家の玄関を叩いた夜と同様、アレクサーは敢えて何も訊こうとはしなかったのだが、数日を経て落ち着きを取り戻した自ら、己が身に起きた恐ろしい出来事をぽつりぽつりと語り始めた
…無論、此処ブルーグラードに来る事になった前後の経緯も含めての総てを、である
「カノン………。」
恋人を汚した唾棄すべき男の名を、アレクサーは忌々しげに呟いた
…流石に、カノンがの身体に与えた所作の一つ一つまでは口にしなかったが、の身体のあちらこちらに未だ消え遣らぬ愛咬の跡を目にすれば、凡その推測は立つ
幾ら内面が大人びているとは言え、アレクサーもやはり十八歳の男だ。自らの愛する人を汚した相手に対して抱く憎しみは常では測り難い
唯、それをあからさまに口の端に乗せては、目の前のが傷を深めるばかりだ
であるが故、アレクサーは精一杯の呪いの気持ちをカノンの名に籠めるより他に術が無かったのであった
「…アレクサー、私………。」
が不安な面持ちでアレクサーを見詰め、言葉を詰まらせた
…幾ら本人が隠し通そうと努力した所で、アレクサーの心中の怒りの炎がに感じられない筈は無い
こんな事になるなら、最初からアレクサーに総てを伝えておけば良かった。…そうすれば、私はアレクサーにこうして苦渋を与える事も無かっただろうし……自分自身も傷付かずに済んだのかもしれない
カノンがアレクサーに対して激しい警戒感を抱いていたのは解っていたのに。そしてカノンが危険な男であることも、僅かにとは言え感じ取っていたのに
カノンによっての身体の表面に刻み込まれた傷は、実に氷山の一角に過ぎない
心の底では、より深く暗い淵がどんよりと渦を巻いていた
…一人の問題ではないだけに、事態はより一層厳しくを苛み続けるのだ――未来永劫に
自責の念に表情を曇らせたを、アレクサーは優しく抱き寄せた
「、君の苦しみは、俺の苦しみでもある。…君の苦痛を払拭する事は無理かもしれない。だが、俺は君の苦しみを少しでも受け止めたい。
もう二度と、俺は君を離さない。ブルーグラードの、この蒼い天に誓おう。」
「…ありがとう、アレクサー。」
はアレクサーの胸の中から顔を上げ、窓から拡がる空を見上げた
ブルーグラードの短い夏を映した空の青は、どこか儚げだが凛として美しい
が此処に初めて立った時に見た青は、一切の『生』を拒絶する青だった
それが今ではこうして生命の温もりを湛えているのだ
…まだ、自分自身を終わらせるには早すぎる
は空を見詰める目を僅かに細めた
「私も…私も誓うわ、このブルーグラードの蒼天に。アレクサー、貴方と共に生きる事を。…そして………。」
――そして、二度と貴方に深い悲しみを与えないと。
最後の一言は口にせず、は己の唇をきゅっと引き結んだ
その横顔をじっと見ていたアレクサーは暫し黙っていたが、自室をノックする軽やかな音にはっとして我に返った
「ナターシャか?」
ええ、と短い答と共に、ナターシャがドアをゆっくりと開いた
ナターシャはティーポットとカップ、軽食を乗せたトレイを抱え、一歩室内へと足を踏み入れた
の身体が妹の目に晒されない様に、アレクサーは咄嗟にの首元近くまで毛布を引き上げた
…まだ少女の域を超えない妹には、の身に起きた総てを報せる訳にはいかない
アレクサーはを自室からなるべく出さず、着替えもナターシャには手伝わせようとしなかった
そして、同時にそれはの希望でもあった
『身体のあちこちに怪我をしているから』と偽り、は笑ってナターシャの助力を退けていた
つい先日のセルゲイの一件の時は、他ならぬナターシャがの着替えを手伝ったのだ、ナターシャものその理由に対して内心では首を傾げたに違いない
だが、聡いナターシャは少女なりに何かを感じ取ったのだろう、敢えて何も口にせず黙って兄に総てを任せたのであった
…ごめんね、ナターシャ。身体から痣が消えるまでの、数日だけの事だから。
は心の裏(うち)でナターシャに手を合わせ、妹とも思う少女に謝罪した
「…それにしても、だ。」
トレイを置いて再び階段を降りて行った妹の足音が遠ざかるのを確認しつつ、アレクサーは訝しげな表情でに向き直った
口元に手を遣り何か考え込んでいる様子のアレクサーに、の意識は俄かに現実に引き戻った
「どうしたの?」
「…いや、さっきまでの君の話を聞いていて、幾つか疑問が出てきたんだが。」
先程までの話、とは、が語ったこれまでの経緯の事を指すのは言うまでもない
その名前を出すのを暫く躊躇った後、アレクサーはゆっくりと切り出した
「そのカノンと言う男、一体何者なのだろうか?…君の話では、カノンは君のNGOの所属ではないと言う事だが。」
「ええ。うちのNGOの人達も、誰もカノンの事を話題にした事は無かったわ。
それに、彼が私を毎日迎えに来ていたのはNGOの建物の前までだった。中にまで入って来た事は一度も…。
…でも…。」
「…でも?」
「彼自身は、NGOの事は良く知っていた。
…いえ、メンバーの誰がどうとか、そう言う細かい事じゃなくて、NGOの任務内容とか、上部の機関との繋がりとか、そう言った方面の事情を。
だから最初は、私もカノンをNGOの人間なのかと思っていたくらいだもの。」
今となってはあまり思い出したくも無いのだが、はこれまでに食卓で交わしたカノンとの会話を具に思い起こしていた
確かに、NGOのメンバーの話や自分の仕事内容については自分からカノンに話した記憶がある
だが、そう言った事はあくまでも内則に反しない領域に止めるよう自分でも気を付けていたし、メンバーの話などは本当に笑い話のレベルだ
にも拘らず、カノンの口からもたらされた情報がNGOのかなりの中枢に及んでいたのは何故だろう
無論、これまでにもその点に気付かなかったではない
だが自身、ブルーグラードに来てからと言うもの大小を問わずアクシデントに見舞われ続け、絶えず他の事に注意が拡散しがちであったのも事実だ
そしてこれが最も重要な事だが、当のカノンがその点に言及させない障壁を築き上げていた
訊ねる隙を与えなかった、とでも表現して差し支えないだろう
兎も角、訊きはぐれてしまった事実を今更蒸し返しても答えは何も出て来ない
がもっと別の角度からアレクサーの問いに対峙する事に決めた刹那、一人の少女の面影が脳裏をちらりと掠めた
「そう……、そもそもカノンと初めて出会ったのは日本だもの。」
「ああ。確か君は日本の財団の依頼で此処に派遣されて来たと言ってたな。…ええと、そうだ、グラード財団と言ったかな?」
「ええ。一応、大学から財団に就職した形を取っているけど、実際は財団の研究所にいたのはほんの僅かの期間で、すぐにこっちのNGOに加わるように直接指示があったの。
カノンとはその時初めて引き合わされた。ブルーグラードでの護衛兼身の回りの世話役、と言う肩書きで。」
「…そうか。では君は財団の研究所についてはあまり知らないと言う訳だな。」
「そうね。多分、最初からNGO派遣要員として組み込まれていたのだと思うわ。…そして、それは財団の総帥自らが決めた事。」
…疑うなかれ。
嘗て、アレクサーを執拗に警戒するカノンの一連の行動を通して、グラード財団総帥・城戸沙織に対し一度だけ疑念を抱いた折、は自分にそう言い聞かせて得心したつもりでいた
だが、今やその疑念は恐ろしいほどの現実味を帯び、に覆い被さろうとしている
「グラード財団、か。一体何の思惑がそこに隠されているのか…。」
「アレクサーは知っていたの?財団の事。」
「いや、此処に生まれ育って18年、一度も耳にした事の無い名だ。
もしこの国に対して何がしかのアクションを取るつもりであれば、その段階で財団の名は俺の耳に届いて居る筈だからな。」
「…確かにそうね。」
は溜め息を一つ零し、ナターシャが先刻置いていった紅茶に手を伸ばした
時間が経つままに冷めた紅茶だが、の思考回路をクールダウンさせるには丁度良かったようである
咽仏を一、二度上下させて紅茶を飲み下した後、はアレクサーにもう一つ訊ねた
「アレクサー、『城戸沙織』と言う名前に聞き覚えはない?」
「城戸沙織……。いや、残念だが。…でも何故?」
そう…、と短く答え、は再び溜め息を吐いた
「ううん…いえ、財団の名には聞き覚えがなくても、もしかして…と思っただけ。
城戸沙織と言うのは、グラード財団の総帥の名前なの。」
「そうか。期待に応えられなくて済まない。さっき『直接指示があった』と言っていたからには、はその総帥とは面識があるんだな?」
「ええ。城戸沙織と言うのは女性で…しかもまだ少女なのよ。初めて呼び出された時、正直それは驚いたわ。え、こんな少女が…!って。」
「財団と言うからには血族で後嗣を定めているのだろう。だったら有り得る話ではないのか?」
「あっ、……そうね。アレクサーだってそうだものね。ごめんなさい。」
はクスリと笑い、ティーカップに紅茶を注いだ
長い事ポットの中に留まっていたそれは非常に濃い色をしていたが、上からミルクを多めに注ぐと程好い色合いに変わった
アレクサーも自分のカップに口を付け、目方の減った分だけミルクを注ぎ足した
アレクサーのカップの中で、紅茶とミルクが互いに渦を描いて混ざり合う
「しかし、が言う様に君のブルーグラード行きをその少女が独断で決めたのだとすれば、彼女の思惑は一体何なのか…。」
「間違いなく、総帥自身で決めた事だと思う。実際に会って話しているうちに、私自身肌ではっきり感じたもの。だからこそ、総帥の年齢と中身の開きに驚いた訳だし。
…そして、彼女が私の護衛を命じたカノンはアレクサー、貴方を最初から明らかに警戒していた。だとしたら、総帥の思惑は………。」
「俺……か。」
アレクサーが、溜め息と共にカップをトレイに置く
不審を隠せずにいるその端整な横顔をはじっと凝視し、笑みを作って見せた
「あくまでも私の推測よ、アレクサー。カノンはカノンの意思で貴方を警戒しているだけかもしれないのだし、ね。」
アレクサーに向ける形を取って、は自分自身に言い聞かせた
疑うなかれ。…だが、しかし………
城戸沙織とは一体何者なのか?
このまま考えずに済ませられる問題なら、はそうしてしまいたかった
「今一つだけ判る事は、グラード財団がNGOに対してかなりの影響力を持っていると言う事だ。しかも、おそらく表立っての事ではなく、だ。
表立つ類の話であれば、財団の名をセルゲイ達が嗅ぎ付けない筈がないからな。
一度嗅ぎ付けられたら、あいつらのようなきな臭い連中が財団を放っておく事もないだろうし、こっちにも別口から話が伝わって来ている筈だ。」
「そう…ね。」
「だとすれば、だ。グラード財団の存在がより一層不可解な物に思えて来る訳だが。」
アレクサーの導き出した結論に、は無言を以って答えるしか為す術が無かった
××××××××××××××××××
一週間を待たず、の身体の忌まわしき痣は完全に消え去った
…無論、それでの心の傷が消え去ってしまった訳ではない
唯、これでナターシャに対する苦しい言い訳をしないで済むだけでも、にとっては十二分に有難かった
だが、傷が癒える事は同時に、がまた別の問題に直面する事を意味した
…の今後をどうするか、と言う話である
がぼろぼろの状態でアレクサーの元に身を寄せた翌日、ナターシャはNGO本部に対してが体調を崩しているため暫く任務を休む旨だけは伝えておいた
無論、これがアレクサーの指示である事は言うまでもない
大病と間違われてメンバーに見舞いになぞ来られては困るため、季節変わりの風邪とだけ告げておくに止めたのもアレクサーの策であった
しかし、流石に一週間以上も任務に就けない状態を続ける訳にはいかないのも現実だ
NGOとグラード財団の微妙な繋がりが明らかになった今となっては、の今後のアクションの決定は慎重に慎重を重ねる必要があった
「私、明日か明後日にでもNGOに戻ろうと思うの。」
は顔を上げ、アレクサーに対し短く切り出した
サッと表情を曇らせたアレクサーはその逞しい両の腕を組み、重い口をゆっくりと開いた
「それは危険すぎる。相手は正体が知れない上に、君の周りには別の敵も潜んでいる可能性も高い。」
別の敵、とは、この場合の敵と言うよりもアレクサーの敵と表現したほうが妥当かもしれない
無論、とアレクサーが一体である以上、どちらの敵であれ最終的に共通の敵となるのは言わずもがな、であるのだが
眉を顰めたアレクサーを真っ直ぐに向き直ると、は再度話し始めた
「…だからこそ、よ。セルゲイの一派は置いておくとして、NGOとはまだ繋がりを持っておくべきだと思う。
考えてもみれば、どんな理由を付けた所で、ここで私が突然NGOを辞めてしまったらそれこそ財団側に怪しまれる原因になるわ。」
「確かに、それはそうだが…。」
「それにね、ここ数ヶ月NGOに勤務して、あくまでも自分が感じ取った事なんだけれど、一緒に働いているメンバー自体は多分、財団とは何の関りもない人達なんじゃないかと思う。
もし何らかの関りがあるとすれば、おそらくもっと上の人達か、上部の機関か、或いは関係は一方的な物なのかもしれない。」
「NGOの方は与り知らぬ話…と言う訳か。」
「断定はできないけれど、ね。でも、少なくとも私がNGO活動を再開しても、それ自体に差し支えは無いと思う。
寧ろ、今後、前より人間関係を注意して観察しておけば何か判るかもしれない。一旦外に出てしまえば、こう言った情報は二度と掴めなくなってしまうもの。
変な表現だけど、自由に泳げるのはNGOに居る限り…ではないかしら。」
「だが、任務遂行に付随する危険性の方はどう対処するつもりなんだ?此処からの往復だけでも十二分に危険だと思うが…。」
アレクサーは顰めた眉を更に顰め、これ以上無いほど渋い表情を浮かべた
それがまるで箱入り娘を心配する父親の様でもあり、咄嗟には口元を綻ばせた
チラリ、とアレクサーの一瞥がを刺し、は慌てて居ずまいを正した
「…ごめんなさい、笑うつもりは無かったんだけど…。
話を元に戻すけど、任務それ自体の危険性は低いと思う。コンビがナターシャである限りはね。
女性二人の組み合わせの場合、一番危険性の低い任務が割り当てられる決まりだから。…ナターシャはまだ十代だから特に。
だから、危険があるとすれば、アレクサーが指摘した通り此処からNGOまでの往路と帰路、それからNGOと任務地の往復の道中だけど…。」
「それは俺が付き添う。君とナターシャ毎日が同じ任務に就くのなら、こちらに取っては好都合だ。
無論、俺自体の存在は国中に知れ渡っているだろうから、表立って護衛する訳には行かないだろうが。」
アレクサーのその一言に、はふとある事に気付いた
「そう言えば、NGO側はナターシャを貴方の妹と知っていてメンバーに受け入れたの?
一度もメンバー達からナターシャにそんな話は出なかったような気がするけど。
…私みたいな外国出身のメンバーはともかく、ブルーグラードのメンバーも結構居るのに。」
今度はアレクサーの方がフッ、と小さな笑いを漏らし、その人差し指をの鼻の頭に乗せて見せた
「ナタリア・デミドワ。」
「…え?」
アレクサーの発した謎の呪文に、は小首を傾げる
クックック…と意地の悪い笑い声を立てたアレクサーは、長い人差し指をから離した
「『ナタリア・デミドワ』。…NGOに提出した、ナターシャの履歴書の氏名欄さ。
デミドワは母の姓なんだ。二年前の俺の一件もある。あれ以降、ナターシャには母の姓を名乗らせている。
父の姓はこの国では特別の意味を持つからな。用心に越したことはない。」
「…そうだったの。それでこの国のメンバーも気付かなかったのね。」
「まあ、幾ら小細工を弄した所で、セルゲイ達にしてみれば無意味な事だが。
それこそ、二年前までは俺もナターシャも彼らから『領主ピョートルの子』と祭り上げられて居た訳だから。」
「それでも、NGOの人達に疑問を抱かせないと言う点では成功を収めているじゃないの。それだけでも十分だわ。」
「そう言ってもらえると有難いが。」
アレクサーはアイロニックに笑みを浮かべた後、腕を逆に組み替えた
その一連の様子を無言で見遣っていたが突如、顔を上げる
「あ………私、貴方の話を聞いた今の今まで気付かなかった。そう言えば私、まだ知らないわ……貴方の本名を。」
しまった、と言わんばかりの表情をは浮かべ、アレクサーは逆に先程までの愁眉を開いての掌に自分の手を重ねた
が見上げたアレクサーの目元にはこれ以上無いほどに穏やかな優しさが満ち満ちていて、は思わず言葉を失ってしまう
「アレクセイ・レオノフ。それが俺の名前だ。
この真ん中に父親の名を挟むのがロシア式だから、本来はアレクセイ・ピョートル・レオノフと記載されるのだが、ブルーグラード古来の呼び方ではその形式は採らない。
だから、君にはアレクセイ・レオノフ、と憶えていて欲しい。」
「アレクセイ・レオノフ…。素敵な名前ね。分かったわ、アレクセイ。」
「何時もはアレクサー、で構わないよ、。」
頷きつつ何度も内心でアレクサーの本名を暗誦するに向けて片目を瞑って笑い、アレクサーはの身体を引き寄せると口付けた
軽く閉ざされたアレクサーの切れ長の瞼から伸びるその睫毛のあまりの長さに、は一瞬時の流れを忘れて見入ってしまった
背筋を駆け上がる官能の予感を再三止めて、がゆっくりと唇を離す
はあ…と一つ溜め息を落とすを、これ以上無いほどに愛おしく思うアレクサーだった
――『待つ事』もまた、愛の一つの形である事をアレクサーは十二分に理解しているのだ
十八の男としては驚くべき自制心とでも言うべきだろう
が平常を取り戻すのを待って、アレクサーは話を元に戻した
「…ともあれ、ナターシャの素性については今の所NGO側にはばれていないようだから、君とナターシャが今後も活動を続ける事自体は不可能ではないな。…尤も。」
「尤も…?」
アレクサーは再度躊躇し、言葉を続けた
「カノンはおそらく、俺とナターシャが兄妹だと言う事を既に突き止めているに違いない。
問題はカノンからその情報がNGO側に漏れているかもしれない、と言う点だな。」
「二者の間に直接の関係は無いと見て大丈夫だと思うわ。あれほどNGOと距離を取ろうとしていたカノンだもの。
だから、留意しないといけないとすれば、カノンが財団側に報告していて、そこを経由してNGOに漏れていた場合…ね。
その時は、NGO側からナターシャに何らかのアクションが出る筈。…メンバーから除名されるとか、別の人間とコンビにされるとか、監視が付くとか。」
「…または、財団の方がNGOより遥かに優位であると考えると、敢えてその情報は流さず、俺たちを泳がせる策かもしれないな。
結局、鬼が出るか蛇が出るか。俺たちに選択肢は殆ど残されていないと言う事か…。」
フウッ…と短く溜め息を吐き、アレクサーは軽く拳を握った
「どちらにせよ、君とナターシャは俺が影から護衛する。その点だけは気にしないで任務に就いて欲しい。………だが、もしも……。」
突如、アレクサーが拳に力を籠め窓の外を見上げる
先程の眼差しとは程遠い怒りの光が、アレクサーの浅葱の瞳の奥で強く燃え立つのをは感じた
「あの男……カノンが再び君の前に立つような事があれば、俺は白日の下にあの男を倒す。
その時は、例え君でも俺を止める事は出来ないと、そう思って欲しい。」
「アレクサー………。」
一瞬、氷闘衣を纏ったアレクサーの姿がの脳裏を掠めた
…氷に封じた紅蓮の炎は、誰にも消すことは出来ないのだ
今のに出来るのはそんな事態が引き起こらないように祈る事くらいしか無かったのだが、実際の所、任務を再開するに当たって確実にやっておかねばならない事が一つある
それを思うと、の心には暗く重い陰が再び圧し掛かって来るのだった
―――アレクサーの愛を、その身にひしひしと感じるだけに。
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